8月について

「「八朔」の意味、由来、語源は?どんな行事?」

「八朔」と書いて「はっさく」と読みますが、こう聞くと「ああ、大きなミカンみたいな」と柑橘系の果物をいの一番に思い出されることと思います。

ところが、ここで言う「はっさく」は、そのはっさくではありません。

具体的には「八月朔日(はちがつついたち)」の事を表します。

しかも、旧暦の8月1日を意味する雑節の一つなのです。

「朔」は、新月のことを表し、旧暦の「1日」のことなのです。

「朔望(さくぼう)」という言葉がありますが、これは、「新月と満月」のことを表します。

ということは、毎月「1日」はあるわけですから、わざわざ「8月」だけ「八朔」としなくても良い気がしますよね・・・

実は、旧暦の8月1日は、新暦で言うと「9月10日前後」で、ちょうど稲穂が実り始める時期に当たります。(2018年の「八朔」は、9月10日(月)です)

昔は、稲穂が実ると、まず「新穂」をお世話になっているお宅や大切な人達に贈るという風習がありました。これを『田の実の節句』と言いました。(新穂とは、特に早く実った稲穂で神にお供えした物のことです)

なんと言っても日本では、お米は、天の恵みの象徴ですし、その年が豊作かどうかは、まずお米のでき方で占われてきました。

「田の実」が「頼み」と掛けられ、お世話になった人への感謝を表す日となり、武家社会のみならず公家社会でも広く「田の実の節句」が広まったのです。

そして、この日を「八朔祭り」という形でお祝いする行事は全国にたくさんあります。

開運もちまきをしたり、踊りを奉納したり、台風被害にも遭わず五穀豊穣となることを祈願する農家にとっては大切な年中行事です。

そして、この「八朔」、他の雑節である「二百十日(立春から数えて210日目)」と「二百二十日(立春から数えて220日目)」と並んで、「農家の三大厄日」に数えられていました。

ちょうど9月1日から10日あたりになりますが、この時期は、昔も今も台風シーズンで甚大な被害に遭う農家も少なくなかったのですね。

この問題は、現代でも全く同じで、田を耕し、苗を植えて大変な思いをして育ててきたお米を、さあ、これから収穫、という時に台風にやられるなんて、虚しいやら悔しいやら腹立たしいやら悲しいやら・・・その思いたるや筆舌に尽くしがたいものがあったでしょう。

そんな辛い思いは二度としたくない、でも自然界で起こることはどうしようもない。だから、ひたすら祈るのみ!そんな切実なる心の叫びが、多くの神事を生みだしたと考えられます。

また、天正18年(1590年)に徳川家康が江戸城に入城したのが、「八月朔日」だったこともあり、幕府では大変重要視される日となり、「八朔御祝儀」として、大名や旗本が将軍に祝辞を述べるほどだったそうです。

さらに、「八朔相撲」もこの頃から行われるようになり、今でも全国各地で開催されています。

特に、東京都府中市の「大國魂神社」の八朔相撲は有名で、神社の境内の中に専用の土俵があり、

毎年、八月朔日に小学生を中心に町内リーグ戦が行われます。

さて、ここできっと皆さんが気になっている「果物の八朔は、なぜこの字なの??」という疑問にお答えしたいと思います。

「八朔」は、今から約160年ほど前に広島県因島のお寺の境内で発見されたのですが、そこの住職が、この果物のことを「八朔(8月1日)には、食べられる」と言ったことから名付けられたというのが定説になっているそうです。

いかがでしたか。「八朔」について、その意味や行事のことなど、お分かりいただけたでしょうか?

何と言っても主食のお米が食べられる喜びは、何物にも代えがたいものがあります。

今日も梅干しや海苔、お漬物とともにお米を頂きましたが、本当に美味しかったです。

八朔と言わず、毎日、感謝し、合掌して食べさせて頂きたいものですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です