6月について

「時の記念日はいつ?意味・由来は?ドン花火って何?」

日本には、「時の記念日」という日があります。

それは、「6月10日」です。

ご存知でしたか?

だから、何をするの??と聞きたくなります。

だって、時は、人類がこの世に誕生するはるか昔、

宇宙の誕生したビッグバンの138億年前、そして、少なくとも地球が誕生した46億年前から存在したわけで、この「6月10日」から始まったわけではないですものね。

ということでこの「時の記念日」の意味や由来について調べてみました。

すると、その起源は約1,350年ほど前にさかのぼるそうで・・・

「天智天皇10年4月25日」(これを現在の太陽暦に換算すると、651年6月16日になります)に、

日本で初めて設置された「漏刻(水時計のことです)」が、初めて時を刻んで、金を打ち鳴らした、と

日本書紀に記述されているそうです。

これを記念して、1920年(大正9年)東京天文台(現・国立天文台)と財団法人・生活改善同盟が国民に「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善を図ろう」という呼びかけをして制定されたのが「時の記念日」なのです。

当時の日本人は、結構時間にルーズだったようで、これを国を挙げて改善、律して行こうとキャンペーンを行ったということですね。

でも、日本人が時間にルーズだったって、意外というか心外というか、にわかに信じがたい気がします。

SEIKOやCASIOなど世界にも広く知れ渡った一流時計メーカーが、存在する日本が・・・と言いたくもなります。

でも、当時はまだ鉄道も産声を上げていないに等しいですし、きっと今の様に、誰もが時計を所有しているのが当たりまえ、というレベルではなく、1分1秒を争うようなケースはまれだったのでしょうね。

さて、次は「ドン花火」について、ご説明しましょう。

「ドン花火」というのは、花火を打ち上げて、その地域の住民に正午であることを知らせるものです。

かつては、日本各地で行われていましたが、現在では唯一富山県内でしか行われなくなりました。

ドン花火は、江戸時代から明治時代後期までの約240年に渡って、富山城で正午にならされていた

時鐘が起源とされています。富山城は廃藩置県とともに廃城になってしまいましたが、1901年から

富山市内では時鐘ではなく、ドン花火が毎日、正午になると打ち上げられていたそうです。

そして、戦前までは同じ様に日本各地でドン花火が打ち上げられていたそうです。

現在でも、サイレンを鳴らすところはありますよね。

私は横浜市内に住んでいますが、時々、とても大きなサイレンが鳴ることがあって初めて聞いたときは、

その長さと大きさに少しビックリしたことを覚えています。

戦争が始まると、富山市でもサイレンに変わり、やがてドン花火は消滅してしまいました。

ところが、戦後、富山市民の強い要望があり、ついに1956年(昭和31年)に時の記念日の

「6月16日」に限り、正午にドン花火をあげることになり、復活をとげました。

以来、現在まで毎年1回、富山市有沢にある神通川の岸でドン花火は、打ち上げられ続けています。

きっと、富山周辺の子供たちは、学校でも「時の記念日」のことや時間の大切さについて、学ぶのでしょうね。

現在は、どこにでも時計があり、時刻が分からないということはありません。

私の部屋でも、まずこの文章を書いているパソコンの時計、スマホの時計、腕時計、机の置時計、と

4つも時計があります。

でも、本当に「時」を大切にしているのか、これを機会に自分にも問うてみたいと思います。

「時は金なり」 by ベンジャミン・フランクリン

参照:

時の記念日2018年はいつ?意味や由来とは?ドン花火ってなに?

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