三月について

「ホワイトデーはいつ?なぜ『ホワイトデー』なのか?起源は?」

今では、バレンタインデーのお返しをする日として、当たり前のように

広く認識されている「ホワイトデー」ですが、

実は欧米には存在しません。(横文字なのに!!)

ホワイトデーとはいつ?

その起源は?

調べてみると、意外なことが沢山わかりました。

これを読んで、さりげな~く周りの人に、

雑学として、話してみてはどうでしょうか?

「ホワイトデー」を本気で考えている人は、

彼女とのデートで話のネタにもなるかもしれませんよ(笑)

「ホワイトデーはいつ?」

まず、ホワイトデーはバレンタインデーのちょうど1か月後「3月14日」です。

そして、意外なことにこのホワイトデーの発祥は、『日本』なのです!

上にも書きましたが、欧米にはホワイトデーそのものがありません。

「ホワイトデーの意外な起源」

そして、その起源は、大きな二つの動きの融合によるものと言えそうなのです。

つまりは、「うちが、ホワイトデーを考えましたよ!うちが元祖ですよ!!」

と強く主張している二者がいて、どちらもが正しく、でもどちらもが単独では、

「ホワイトデー」を考え出したとまでは言いきれないのです。

その二者とは、

「石村萬盛堂」と

「全国飴菓子工業協同組合」です。

1977年のこと、売り上げが伸び悩んでいた福岡の老舗和菓子メーカー

「石村萬盛堂」の社長石村氏が、たまたま目を通した少女雑誌の中に、

ある女の子のつぶやきを見つけたそうです。

「男性からバレンタインのお返しがないのは不公平。ハンカチやキャンディー、せめてマシュマロでも・・・」

当時売り上げの8割を占めていた鶴乃子という、黄身餡をマシュマロで包んだ明治時代から作っていた

主力商品をアレンジして新しい商品が出来ないか・・・

その少女のつぶやきに石村氏は商機を見出したのです。

そして、開発したのがチョコレートをマシュマロで包んだ、

当時としてはまだ珍しかった「チョコマシュマロ」でした。

早速、翌1978年3月14日を「マシュマロデー」と決めて、

バレンタインのお返しの品として、この新製品を販売し始めました。

ところが7、8年もの間なかなか売り上げが伸びず、

その頃に取引先の百貨店から、

マシュマロ以外の商品も含めて幅広くお返しをして行く文化を作れないか、

そして「マシュマロの白」にイメージで「ホワイトデー」としてやれないか、

との提案があったそうです。

結局これが奏功して、ここからホワイトデーが全国区に広がっていった、と

「石村萬盛堂」の公式ホームページには書かれています。

でも「全国飴菓子工業協同組合」も負けていません。

こちらも大変近い時期の1978年6月に3月14日を「キャンディーの日」と決めました。

さらに、2年後1980年3月14日に「第1回ホワイトデー」を銀座三越発信で大々的に世に打ち出しました。ここからホワイトデーが広まったと「全国飴菓子工業協同組合」の公式ホームページには書かれています。

しかし、詳しく記載を読むと、このころ既に、(お菓子)メーカーが細々とホワイトデーのお返しとして、

チョコレートを返すような試みが行われていた、

また、「ホワイト」を大英和辞典で調べると、「シュガー」の意味が乗っていて、

「シュガー」をさらに調べると「キャンディー」の意味が出ていて、ここで

「ホワイト」と「キャンディー」がつながった、とも書かれていました。

つまり、どこかにすでに『ホワイトデー』と言う言葉は存在していて、それをなかば強引に

キャンディーとこじつけて全く新しいもののようなニュアンスで「ホワイトデー」を

広めていったのが「全国飴菓子工業協同組合」とも理解できます。

⁽現に、「ホワイトデー」を登録商標しようとすると、既にある個人が持っていた、

とも明かしています)

また、最古の文献で、飴が作られ出したのが旧暦だが「3月14日」前後なのだ、というこれも

少々無理のあるこじつけの様なお話も載っていました。

上の記述から考えると、「石村萬盛堂」が百貨店の提案を受けて「マシュマロデー」を

「ホワイトデー」に変えたのは1986年以降と考えられます。

すると明らかに1980年から「ホワイトデー」を唱えた「全国飴菓子工業協同組合」

の方が早いと言えます。

お互いに相手のことには一切触れず、ただ、いつから「ホワイトデー構想があったか」ということを

しっかり主張している辺りが、逆にうちは負けない!というメッセージを放っているように感じてなりません(笑)

真相は良く分かりませんが、私が到った結論は、

「バレンタインのお返しを男性が女性に贈る」という実質のホワイトデー的考えに

先に着目したのが「石村萬盛堂」、

かたや「ホワイトデー」という言葉を組合と百貨店の大きな組織網と発信力で

全国区にまで広めたのが「全国飴菓子工業協同組合」

ということです。

この両者の動きが相まって、日本の社会に「ホワイトデー」を定着させるように

促したと言えるのだと思います。

「まとめ」

お分かりいただけたでしょうか?

いずれにしろ、日本文化にある

「お返し」という礼儀の発想が、

「ホワイトデー」という

国民的な行事を生みだしたと

言えると思います。

参照:http://www.candy.or.jp/whiteday/hiwa.html

http://www.ishimura.co.jp/whiteday/story.html

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