三月について

「お花の歴史と現代」

春が近づいてくると、必ずニュースで報じられるのが『桜前線』です。
南から徐々に北上して、時期を少しずつすらしながら、全国すべての地域で
無数に『お花見』が繰り広げられます。
これが日本の土着文化の大きな特徴であり、「お花見」を抜きにして、
日本の春は絶対に語れないと言っても過言ではないでしょう。
私たち日本人は、なぜこんなにも桜が大好きなのでしょうか?
なぜこんなにワクワクするのでしょうか?

そんな「お花見」はいったいいつ頃から始まったのか?
そして、これだけ全国に浸透した訳とは?

この大変興味深い「お花見」の始まりからその歴史そして、
現代の『お花見』についても詳しくお伝えして行きたいと思います。

「花といえば梅だった?!」
桜を愛でるためにお花見が始まったのは平安時代と言われています。
そして、それ以降、「花」といえば「桜」を
指すことが常識になりましたが、
それ以前の奈良時代までは「花」といえば「梅」でした。
6世紀には中国を経由して仏教が伝来したように、
その頃の日本は、宗教、文化だけでなく、
政治や経済においても中国の影響を大変色濃く受けていました。
中国で人気のあった梅は当然日本でももてはやされるようになります。
現に「万葉集」でも、桜より梅を題材にした歌が
圧倒的に多く残されています。

しかし、これが平安時代に入ると少しずつ様子が変わってきます。
9世紀後半に菅原道真が遣唐使を廃止すると、
中国色よりも日本独自の文化の色が濃くなってきます。

平安貴族の中で、「桜」の人気がにわかに増してきて、
10世紀に醍醐天皇の勅命で編纂された
「古今和歌集」には、梅の歌と比して、
桜の歌が「3倍」にも増えているのです。

そして、貴族の中で桜を愛でるための「お花見」が始まりました。

「花桜木、人は武士」
さらに、歴史は貴族の社会からやがて武士が
台頭する社会へと大きく変化して行きます。
幕府の誕生です。

桜の魅力は、その開花したときはもちろんのこと、
それに勝るとも劣らず高く評されるのが
「散り際」です。

その桜の様子は、武士が潔く命を掛けて行く様と重なり、
武家社会でも大変な人気を博します。
「花は桜木、人は武士」とも表現されました。

「お花見は神事でもあった」
一方、農民の世界でも桜はとても珍重されました。
桜の語源は一説では田の神様を表す「サ」が、
『鎮座する』意味を持つ「座(クラ)」がつながって
『サクラ』となったと言われます。
桜が良く咲く年は、豊作になると信じられていて、
春にその神様を神妙に迎え入れ、
花の様子を見てその年の収穫を占ったと言います。
そして、その木の下で豊作祈願の神事として宴会も催されたわけです。

「江戸時代に庶民の行事となる」
このように、複数のルートから『桜』にたいする
日本人の憧れや尊崇の想いが高まりを見せて、
やがて江戸時代に広く庶民の行事として
認知されて広がりを見せて行きます。
切っ掛けは、16世紀末、江戸時代に突入する直前に
豊臣秀吉が京都で「醍醐の花見」という
伝説的な宴を行ったこととも言われます。
約1300人の女性を集めて、
現代の貨幣価値で数十億円とも言われる莫大な財を投じ、
贅の限りを尽くしたお花見を開いたのです。
正室に、側室、その周りに使える多くの女房達にも序列をつけて、
各席を設けて参列させ、また茶屋も複数建設、
一人につき3通りもの絢爛豪華な着物を新調して着させたと言います。

これが大きく話題となり、多方面に噂は広まり、お花見への憧れも高まったといいます。

やがて圧倒的な力で全国を統一した徳川政権が樹立されると、
世の中から急激に戦がなくなり、
平和な江戸文化の華が方々で開花します。
歌舞伎や浮世絵、それらをささえた町人文化。
そんな社会風土の中で、
「花の品種改良」も大変な発展をとげました。

菊もしかり、椿もしかり、牡丹もしかり・・・・
そして、「桜」もそのひとつ。

特に江戸末期には、一植木屋が江戸彼岸と大島桜をかけ合わせて
「吉野桜」を作りました。
これが『染井吉野』です。

比較的早くに成長する性質と見た目の華やかさが
当時の庶民の心を鷲掴み、爆発的人気を博します。

そして、明治時代になり、全国の学校や河川敷などあらゆるところに
植樹されて「お花見文化」はさらに国民の中に根強く定着して行きました。

「さくら名所100選」
時代はグッと下りますが、1990年に「さくら名所100選」が選定されました。
公益社団法人「日本さくらの会」の創立25周年記念として日本全国よりすぐりの
桜の名所が100か所選ばれたのです。
具体的には9つの基準が設けられて、その一つが各都道府県から
最低1か所は選ぶというものでした。
それ以外の基準の中には
「花見客が多い」
「歴史(由緒)がある」
「桜が周囲の自然環境とよく調和していて、著しく自然景観を向上させている」
というものがうたわれていています。

この基準で100か所も選んだわけですから、日本人の「桜信仰」は
さらにとどまるところを知りません。
バブル経済の崩壊により、長く国内経済が低迷するなかで、
各地とも取りあえず桜があればと
桜を観光名所として、そこに人を呼び込む
『桜頼み』の経済効果を期待してきました。
そして、最近では、各都道府県ごとに
桜の名所100選を作り上げる勢いです。
昼間だけでなく、イルミネーション技術の飛躍的発展により
LED照明を使って実に幻想的で色鮮やかな
「光と桜の競演」が見られます。

「まとめ」
現在、東京オリンピックに向けて、
日本は観光立国を目指しており、
未曽有の外国人観光客が押し寄せています。
春になれば、世界中から多くの人達が
『桜』を見にやって来ます。
日本の顔としての『桜』の力に期待をしつつ、
私たち日本人こそがそれを誇りとして、
大切に守って行きたいものです。

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